断る基準

インディオの言葉

本のご紹介の続きです。(前回の記事はこちら

○著 者:長倉洋海
○題 名:『鳥のように、川のように 森の哲人アユトンとの旅』
○出版社:徳間書店
○発売日:1998.10

インディオの時間と生活の感覚。

それが具体的に表れた面白いエピソードが書かれていました。

一見極端かと思われますが、今日はその部分をご紹介します。

大切にしたいものが少しずつ見えてくるように感じます。

断るときの姿勢

インディオが作るカゴが気に入って二万五千個のカゴを注文してきた。しかし、その民族は「注文に応じたら、祭りをする時間がなくなり、生活も生産に追われてしまう。自分たちは五十個しかできない」と断った

出典:長倉洋海.『鳥のように、川のように 森の哲人アユトンとの旅』.第一章アユトン・クレナックとの出会い.徳間書店、1998、P.27.

とても明快な判断だと私は思いました。

インディオは気持ちよくすっぱり断るんですね。

そのカゴはよほど素晴らしく、魅力があったのだと思います。

自然素材で時間をかけて作られる手仕事なのだと想像します。

それに感動し、もっと作ってくれないかと言ってくる人がいたら、

自分だったらどうするかと思います。

生活や心理状態によっても、判断は変わるかもしれません。

自分が作ったカゴを気に入ってくれる人がいると知れたら、

まずはとても嬉しいと思います。

手先が器用でガゴ作りが好きだったらなおさら、仕事冥利に尽きます。

でもその次には、そんなに沢山作れるかなと、

現実的な製作時間を考えてしまいます。

その時の自分の年齢や生活状況もありますが、

一番気にするのは、対価としてもらうお金の額かもしれません。

もし、幼い子供をたくさん抱え、なおかつ経済的に余裕がない状態だったなら

その数を引き受けるにはどうしたらいいかと考え始めるかもしれません。

もし、自分が90歳だったら、あとどのくらい生きるかは自覚があるし

他人の言うことは全く聞く耳を持たず、断るかもしれません。

でもこのエピソードの中のインディオは

大切にしたいことがはっきりしているので、

損得勘定が使われる出番もなく、全くブレないのですね。

生活環境も大きく影響していると感じます。

彼らも衣類や山刀など、現代のモノをうまく取り入れて生活してはいますが、

ほとんどは森の中で衣食住が完結していて、

その事実が大きな自信として根本的にあるように感じます。

ひいては損得や他者承認や利益という概念も出る幕がないのかもしれません。

それと私がインディオをすごいなと思うのは、

形としては断っているのですが、これだけならできるという提案もしている点です。

無碍にあしらったりせず、

しっかりと相手の意図を理解して、自分の考えを大切にして出した答えなんですよね。

断るのは自分の時間を作るうえでも本当に必要だと、私も思います。

”断る=相手にわるい”では、なかったんですね。

私はそれを勘違いしてきたので、上手な断り方もわからなかった時期がありました。

とくに、相手の気持ちが表情からしっかり伝わってきたりすると、

自分の感情の把握が難しいこともありますよね。

そんな時こそ、このエピソードを応用できるのではと思うのです。

インディオが実践しているように、

自分の大切なものを軸にしていればどんな関係においても、

自ずと表現できるんですね。

どんなに好きな仕事で、どんなに人々の喜びのためと人から言われても

それを自分が本心でしたいかどうか、自己犠牲や打算的になっていないかどうかは

自分にしかわかりません。

様々な気持ちが飛び交ったとしても見極めるのは自分ですね。

自分は必ず守れると思うのです。

インディオにとって祭りは

人生において大きな喜びであり、要であり、そこに自分の時間を使い

幸せを感じられるかけがえのないもの

という意味だと思います。

ぐるぐる難しく考えそうになった時は

さっぱり断る回路を開いてみても面白そうです。

今日も読んで頂いて、ありがとうございました。

次回に続きます。

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