住む人々の気配

イタリアの田舎

久しぶりの投稿ですが、今回はまた別の本をご紹介します。

○著 者:有元葉子
○題 名:『イタリア 田舎生活の愉しみ―見えてきた私らしい生き方』
○出版社:海竜社
○発売日:2001.7.18

料理研究家の有元葉子さんが、

イタリアの田舎町に購入した家と日本との二重生活をする中で、

人々との温かい交流や文化の違いの面白さなど、生活の様子を綴った本です。

西欧諸国の食生活といえば、どこでも十把一絡げに肉が主食だと思っていましたが、

この本を読んでそうではない事を知りました。

細やかな風景の描写や、食卓や素朴な風景の写真により、

イタリアの田舎町に住んでみた気持ちになれる素晴らしい本です。

日常を丁寧に過ごすヒントも沢山詰まっていると思います。

ご興味のある方はぜひ読んでみて下さい。

生活する人々の気配

有元さんが家を構えたイタリア中部の田舎町の生活では、近所の生活音が聞こえます。

声や物音だけではなく、お昼どきに窓を開ければ野菜を茹でる匂いやスープの匂いがしてきて、なにか幸せな気持ちになります。密閉性の高い都会のマンションに暮らしていると、こういう体験はなかなかないもの。

出典:有元葉子.『イタリア 田舎生活の愉しみ―見えてきた私らしい生き方』.1城壁に囲まれた田舎町で始めた私のイタリア暮らし.海竜社、2001、P.12.

この部分にはっとしました。確かにそうかもしれない、と思ったんです。

きっと、私ももし一人で知らない国に住むとなれば、

言語も習慣も何もかもが新鮮に映り、

近所に受け入れられ知り合いができたらと希望を持ち、

新しい世界を吸収しようとする気持ちが高まる気がします。

オープンハートの状態ということですね。

人の声がどこかでしていれば、そこに息づかいや生活を感じてほっとするのかもしれません。

でも、

アパートやマンションに長年暮らしていると、どうでしょうか。

聞きなれない声や物音はあまり心地よく感じないことも、実体験としてあります。

生活音を気にせず受け流せる人も多々いらっしゃると思いますが、

物音に敏感な性質をもっていると、なかなか大きな音に慣れるのは難しかったりします。

ですので防音の部屋は人によってはストレスを軽減してくれる面もあると思います。

私も個人的に、大きな音や声は体がびくっと反応しますので、

あまりにも壁の薄いアパートに住むのは難しいです。

ですが、この文から私が思ったのは

部屋の機密性は現代では必要不可欠な素晴らしい技術と感じると同時に、

孤立でもあるのかもという事です。

私はふと昔を思い出しました。

私も小さな頃は、近所の友達の家で遊んで帰る時、

家の裏を通ると夕食の匂いがしてきたものです。

私は家に帰る途中なので、

その家の夕食は食べないのに匂いで想像して満たされるという、

よその家のご飯には不思議な魅力であふれていました。

普段は関わらなくても顔見知りのご近所さんがいて、生活があって、

食べる物があって、誰かと食べる楽しみがある、

そんな近所の人に囲まれて育っている・・・それらを私は無意識に感じていたのでしょう。

夕食の匂いでセンサーは、空腹時にとてもよく働きました。

今はどうでしょう。

近所に誰がいるか、自分とはどんな繋がりか考えることは希薄になりました。

アパートやマンションで住むということは移動も激しく、

ずっとそこには住まない前提が殆どなので、

”アパートの人”という括りになっているのですね。住む本人の意識も、周囲の見る目も。

もし、そこに家を買うとなったら、

そのとき初めて周囲との社会的な関係性がしっかりと生まれるのかもしれません。

しかし例外もあります。

アパートに長年住んでいる私は、

その土地の人に自然に顔を覚えてもらい、

時々畑でとれた野菜を頂いたりすることもありました。

本当にありがたいことです。

たとえアパート暮らしでも、

その土地の人々との関係をありがたく受け取った出来事でした。

アパートか一軒家か、

それとは関係なく、住む本人の意識一つで、

世界が繋がっているように見えたり、

分かれているように見えたりするのかも、しれません。

今日もここまで読んで頂き、ありがとうございました。

次回に続きます。

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